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「海まで歩く」〜福島県浪江町〜

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    ぴよ工房の藤沢です。
    しばらくブログが滞っていて大変申し訳ありませんでした。
    少し落ち着いたのでブログを再開したいと思います。
    8月の追悼コンサートについてアップする前に、私のプライベートなことですが英里さんのアルバムにも関係があるので記載させてください。

    3月の震災・原発事故からもうじき7ヶ月。寒かったあの日から春、夏を抜けて、お彼岸も過ぎすっかり秋です。
    あまりにも多くの方が亡くなりました。復興もなかなか進まず、被災された方々はどれほど辛くしんどいことでしょうか。

    河井英里さんのアルバム『オリエンタル・グリーン』の「音の葉便り」に「海まで歩く」という曲が収録されています。
    小河さんが作曲、藤沢は作詞で英里さんが歌ってくれました。
    その時のレコーディングはとても楽しくて良い思い出です。
    ぴよ工房の近所の「伊勢屋」さん(オジサンは無愛想だけど実は親切)という和菓子屋で買ってきたお団子を食べながら、のんびり録音しました。
    お天気がよくて、穏やかで・・・幸せだったなあと思います。

    「懐かしい風景の歌だね。凛として前へ進む気持ちで歌える」と英里さんが言ってました。
    歌われている風景は福島県の浪江町。私の父の実家があります。
    子供の頃は毎年、お盆が近くなると遊びに行ってました。
    浪江町は福島第一原発のある双葉町に隣接しています。父の実家は直線距離にすると原発まで10キロもありません。


    お盆になると父の兄弟姉妹が子供連れで帰省するので、祖父母の家には子供だけで十人以上集まっていました。
    いとこ達と遊んだり、ホタルやセミを採りにいったり。
    海が荒れてくる時期なので、波にのまれながら泳ぐと水着の中が砂でいっぱいになりました。
    いつも仏壇に桃が上がっていたせいか、桃の香りが夏の記憶に残っています。

    田舎へ行く密かな楽しみが「蔵」でした。
    父の実家は造り酒屋なので、大きな酒蔵があります。
    蔵で働くおじさんやおばさんと一緒になってお手伝いの真似ごとをするのが楽しくて、祖父に叱られても、妹と連れ立ってしょっちゅう行ってました。
    酒瓶が崩れて怪我人が出たことがあり、祖父は心配して「蔵さ行ぐな!」と言うのですがこっそり忍び込みました。
    蔵は真夏でもひんやり涼しく、しんとしていて、秘密が隠されていそうな不思議な場所でした。

    祖父は時代劇に出てくる老武将めいた風貌で、怒ると雷が落ちました。
    厳しくても優しい人でしたし、私はおとなしい子供だったせいか怒られた記憶がありません。可愛がってもらったと思います。
    請戸川の鮭のやな場に連れていってくれたものです。やな場は曽祖父の代に町で組合をつくってはじめた事業と聞いています。
    私が子供の頃、祖父は所長でした。
    鮭の卵を人口孵化して育て、稚魚を放流するのです。四年もたつと鮭は大きくなって帰ってきます。
    近年では東北最大のやな場になったと聞きました。
    祖父は孵化の様子を説明をして、きれいな水があるから美味しいお酒も造れるし鮭もいっぱい帰って来る、そんなことをまだ小さい子供の私に話してくれました。

    台風の影響で海が荒れ泳ぎに行けなかった年、東京に戻る前にどうしても海が見たくて、従兄に連れていってもらったことがあります。
    畑の中の細い道を歩き、潮の香がしてくるともうじき海岸。
    水平線に向かってどこまでも歩いて行ける、そう信じた遠い子供時代の夏でした。

    あの町も田畑も港も海岸も地震と津波で破壊され、浜に立つと見える第一原発が煙を吐き・・・・

    失われたものが大きすぎます。
    こんなことになるとは考えてもいなかった、本当に自分は愚かであったと思います。

    私には何ができるんだろう・・・

    復興まで長い長い道程となりそうです。
    でも東北の人は粘り強くて、底力があるので大丈夫。
    都会で暮らす自分の方がずっとひ弱で情けない気がしてます。
    先が見えない不安の中にいる方々が一日も早く、安堵して過ごせる日常を取り戻せますように。




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